ベトナム事務所副所長の三橋慶樹(みつはし・けいじゅ)さんに聞く

Inside ADB | 2022年7月27日

キャリアパス

自由学園高等科卒業→マッセー大学経済学部卒業(ニュージーランド)→同大学経済学修士課程修了→旧海外経済協力基金→サセックス大学国際開発学博士課程修了(英国)→旧国際協力銀行(スリランカ駐在など)→ADB入行(中央・西アジア局エネルギー課→ウズベキスタン事務所→戦略・政策パートナーシップ局戦略・政策・業務計画課→現職)

大学では途上国における市場メカニズムについて学び、ファンジビリティと開発援助政策について研究しました。また、学生時代にネパールで植林事業に携わり、途上国の抱える貧困・環境問題を肌で感じ、インフラ開発や公共財の重要性などに気付かされ、将来は国際開発問題の解決に貢献する仕事に携わりたいと思うようになりました。

海外の現場で働く前に、まずは日本で基盤を作ることが重要と考え、日本の開発援助機関の中でも円借款事業を担う旧海外経済協力基金に入行しました。真面目で優秀な先輩方に教えを乞い、個性的な上司に鍛えられ、また、現場の経験が豊富なコントラクターやコンサルタントの方々から技術的なことを吸収し、非常に学びの多い毎日を過ごしました。この学びの機会なくして、現在の自分はないと思っています。

ADBでの担当業務

現在はハノイでベトナム事務所の副所長をしています。ベトナムはADBにとって重要な国であり、事務所では公共セクターを対象としたソブリン業務に係る新規案件発掘と既往案件の実施監理の他、民間セクターを対象としたノンソブリン業務のサポート、技術協力事業などに係る相談窓口や取りまとめを行っており、80人を超える職員やコンサルタントの総務や人事、経理など経営に携わる仕事を所長と共に指揮しています。

ベトナムに赴任したのは2020年3月で、新型コロナが流行する直前でした。ベトナム政府は海外からの入国規制を早期に実施し、水際対策を徹底しました。それが功を奏したこともあり、国内移動規制は早い段階で緩和され、地方に赴き、極力現場のニーズを把握することに努めました。しかし、2021年4月からデルタ株がベトナム国内でも急増したため、長期期間にわたり在宅勤務を余儀なくされました。また、事務所職員のワクチン接種をアレンジし、2022年になってからは、ニューノーマルとしてのハイブリッド型勤務体制へ移行して、柔軟かつ効率的なオフィス管理に努めています。

ベトナムは新型コロナの影響で2020〜2021年の経済成長率が2%台に失速したものの、2030年には高中所得国、そして、2045年には高所得国入りを果たすという目標を掲げており、6〜7%の高成長路線を辿っている新興国です。2016年以降、公的債務を抑制するための政策が実施されたことや、2019年には、ADBの譲許的借款対象国から卒業した結果、対ベトナムのソブリン業務に係る戦略の見直しが急務となりました。一方、ノンソブリン業務は順調に伸び続け、既往案件のポートフォリオを拡充し始めたことから、ベトナム事務所では、新たにノンソブリン業務のポートフォリオ管理を担うユニットを設置し、迅速な顧客対応ができる体制を構築しました。

ハノイでは雨が降らなければ、交通渋滞の影響を受けにくいバイクタクシーを通勤に利用しています。日中は、ベトナムの政府高官、バイやマルチの開発機関の代表、コントラクターやコンサルタントと頻繁に面談し、情報収集やネットワーク作りに励んでいます。また、地方への出張の際には、地方政府の高官とも面談し、気候変動適応策、グリーン成長戦略、循環型経済、少数民族の生計向上策、観光資源開発について議論し、その対策に係る提案などを行っています。

キャリア・エピソード

ADBに入行した当初は、中央・西アジア局で電力セクターを担当していました。新参者は、ハードシップの高い国から入門し勉強せよというような風潮があり、アフガニスタンの送電線拡充事業の財務・経済分析などを手がけました。当時、アフガニスタンの電化率は30%前後しかなく、国の安定と発展のためには電力供給が至急の課題でした。発電所建設には数年の年月がかかることや、短期間で電力需給のギャップを縮小するためには、隣国のウズベキスタンやタジキスタンから電力を輸入する必要がありました。ADBはこれら2カ国との国境を跨ぐ送電事業を支援し、国境付近から首都カブールへ繋ぐ送電網の強化を図り、首都カブールの電力供給安定化に貢献しました。ADBの職員の中でも、特にこうしたライフラインに欠かせない案件をリードし、難しい案件でも不満を言わずアフガンの発展のために一生懸命働いていたのが日本人職員で、そうした仲間たちに勇気づけられました。

送電事業に続く案件としてタリバンの本拠地とも言えるアフガニスタン中部のヘルマンドにある小規模水力発電所の老朽化に伴う、改修事業の案件審査や監理にも携わりました。この発電所は、1970年代に米国の協力で建設されたものです。治安や安全の問題があったため、何度もカブールに出張し、そこからの遠隔操作で対応しました。この案件は国際治安支援部隊(ISAF)の枠組みのもと、ヘルマンドに駐屯兵を出していた英国とデンマーク政府と共にADBが共同で資金提供し、実施したものです。英国の技術コンサルタントが設計し、競争入札で選定された米国の施工監理コンサルタントも加わり、競争入札で落札したインド・中国企業がJVを組んだ企業体が施工業者として実施されました。そういう意味では、アフガニスタンを取り巻く複雑な地政学上の問題を露呈し、その解決策を凝縮したかのような案件でした。アフガニスタンの電化率はADBの支援を得て、数年の間に83%まで改善されたものの、2021年に再びアフガニスタンはタリバンに制圧されてしまい、社会経済が崩壊し、先行きは極めて不透明な状況を考えると、なんとも言い難い心境になります。

また、JICAと協調融資を行った案件として、ウズベキスタンの900MWクラスの複合火力発電所建設事業なども強く印象に残っています。ウズベキスタンの電力の約1割を賄うことが期待された他、発電した電力の一部をアフガニスタンに送電輸出する重要な案件でした。公正な競争入札が実施されるよう入札指示書の見直しを行い、入札評価結果に係る綿密なレビューに頭を悩ましました。結果、韓国の共同企業体(JV)の下、信頼性の高い日本のガスタービンが納入されることになりました。この日韓の組み合わせは、韓国企業が設計や調達、建設に伴うEPCリスク、日本企業がガスタービンなどの発動機周りのリスクを取るかたちで、極めて効果的な請負契約構造で、日本から大型のガスタービンをボスポラス海峡から黒海、ウクライナ、そしてカスピ海、カザフスタン経由でウズベキスタンに搬送する壮大なプロジェクトとなりました。

その後、戦略・政策パートナーシップ局に移動し、信託基金の設立などに携わる仕事を担当しました。高度技術信託基金(High-Level Technology Fund)は、アジア・太平洋地域における案件形成と実施において、高度な技術の活用を促進するためにADBに設立されたマルチ・ドナー信託基金で、日本政府を最初のドナーとして2017年5月にその設立が発表されました。導入が支援される技術やソリューションは、支援対象国において新しく、スケールアップが必要なものを想定しており、プロジェクトのライフサイクル・コストや気候変動への適応等を重視し、再生可能エネルギーや蓄電技術、高効率な汚水処理や交通管理技術、モバイルヘルスやリモートセンシング技術の導入など、様々な先進的技術の活用の促進を目的としています。

また、この信託基金の一部資金を活用した新しい企画として、民間企業から開発課題の解決のための先進的技術の実証事業に関する提案を募集するテクノロジー・イノベーション・チャレンジの実施を始めました。一般的にADBの信託基金は、案件形成や参画に関心のある民間企業や組織が直接申請できる資金ではないものの、信託基金を活用してADBと開発途上加盟国の間で形成・実施される案件に求められる人材や物資の調達、また何より、その技術を保有し、熟知している民間企業からの提案が不可欠だと考えたからです。その案件第1号となったのはベトナムで工場排水を活用した日本のクーリングシステムで省エネメリットが出る新技術でした。

SDGsへの取り組み

ベトナム経済の現状と持続的な成長に向けた新たな課題に対して、相手国政府の政策や開発方針、また、実施機関のニーズなどを照らし合わせた対話と交渉を重ねており、現在、2023年から2026年までのADBの対ベトナム国別支援戦略(Country Partnership Strategy:CPS)の策定を行っています。新戦略では、気候変動と災害リスク対策、民間主導型経済成長と社会公正の推進を2つの柱として、国内の制度変更に伴う対応や地方政府に焦点を当てたマルチセクター案件の促進、また、案件形成段階におけるベトナム事務所の役割の強化や、ソブリンおよびノンソブリン業務におけるナレッジ支援の連携強化を打ち出しています。SDGsに合致した民間投融資を行う上で、例えば、女性起業家を支援するためのビジネス環境づくりに向けて、現地商業銀行によるジェンダー差別を是正するための顧客データーベースの整備を後押ししている他、そのための審査基準の能力強化や意識改善を図る取り組みなどを支援しています。また、気候変動対策としては、昨年11月に閉幕した国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)で、温室効果ガス排出ネットゼロを2050年までに達成することを公約したベトナム政府に対して、石炭火力の早期引退を支援し、再生可能エネルギーへの転換を推進するためのスキームである、エネルギー・トランジション・メカニズム(ETM)に係る提案を行っています。

仕事のやりがい

ADBは、開発途上国政府との強い信頼関係をベースに、大きな自己資金力と域内外から得たベストプラクティスを採用することにより、よりインパクトの高い開発事業効果をもって、開発途上国や地域の社会経済発展と人々の生活向上に貢献することができます。国際色豊かな環境で、様々な分野のスペシャリストとともに議論を重ね、協力しながら、最適な解決策を導くことが求められるので、毎日が新鮮で個人としても大きく成長できる環境です。クライアントとの対話や議論、交渉の際に大切にしていることは、相手の気持ちや意見を尊重し、また、自分の意見を的確に表現するためのコミュニケーションです。また、顧客の視点で、現地のニーズや本音を正しく把握し、適切な解決策を導くことが求められるので、常に対等な立場で接することを心掛けています。また所内でも業務の効率化を図るために、部下の話をよく聞き、彼らの視点も考慮した上で的確な指示を出すように努めています。

求められるスキルや経験

相手国政府の高官やビジネスパートナーには、欧米で教育を受け、国際的な視野に立ちつつ、専門的な知見を有している人も多く、自国の開発課題を理解した上で、国の成長や持続可能な発展のために邁進しています。このような多様なステークホルダーと対等に議論するための業界についての知識や技術力、多国籍のチームをうまくまとめるためのリーダーシップスキルやプロジェクトを企画実行するための行動力や調整力、主体性や柔軟性、そして何より責任感が求められます。さらに、どの国の人とも謙虚に対話ができ敬意を払えることが重要だと思います。

プライベート

仕事の質を上げるにも健康管理が重要なので、平日は早朝にランニングを、また、週末にはゴルフをし、体がなまらないよう努力しています。コロナ禍で外出が困難だった時は、オンラインで購入したウェイトを活用し、自宅で筋トレにも励みました。週末はゆっくりとベトナムコーヒーを楽しみながらビジネスや経済の雑誌を読んだり、家庭教師を雇ってベトナム語の勉強をしたりしています。ただ、平日対応できなかった部下からの報告書に目を通すなど、仕事をすることも多く、ワークライフバランスを大切にすることを心がけています。