経済調査・地域協力局エコノミストの吉川愛子さんに聞く

Inside ADB | 2022年9月30日

キャリアパス

上智大学比較文化学部卒→横浜市役所→オックスフォード大学院→国際移住機関→政策研究大学院大学→ADB入行

高校、大学での海外留学の経験や、外国人労働者を支援する団体でのボランティア活動を通じて、移民や出稼ぎ労働者を取り巻く状況に問題意識を深め、将来は関連する分野で専門家として、支援や研究に関わりたいと思うようになりました。横浜市役所で外国籍市民支援に携わったのち、ことは、10年ほど、国連の専門機関である国際移住機関(IOM)で勤務。海外出稼ぎ労働者の送り出し国であるバングラデシュやフィリピン、今では主に受入国になっているタイなどに赴任し、労働保護政策や海外出稼ぎ労働者からの仕送り送金調査などに係る事業の立案や運営を担当しました。2008年にフィリピンに赴任した際、出稼ぎ労働者の動向や送金に係る調査プロジェクトに携わり、家計調査や計量経済分析などの重要性と奥深さを強く再認識するきっかけになりました。その後、大学院の修士および博士課程へと進み、開発経済学を学び、ADBでは経済調査・地域協力局のエコノミストとして、各国・地域の社会経済分析やプロジェクトの開発効果の予測に係る方法論の構築やその実践、また、投融資の経済効果の測定などを行っています。

ADBでの担当業務

ADBは、道路、電力などの大型インフラから教育や保健まで、経済社会開発の多岐にわたる分野に対する、開発途上国向け融資を行っています。直近ではコロナ禍における財政出動の支援を目的とした融資も増えました。

私の在籍する経済調査・地域協力局は、開発途上国のニーズに合わせた知識ソリューションの提供を、主に研究とデータ分析の側面から行っています。アジアの開発途上国が低所得国から中所得国に移行する中、ADBは財政的な支援に加え、専門的知識に基づいてより良い政策を作るためのアドバイスを求められるようになりました。最新の専門的知識をどのように蓄積、分析し、共有するか、組織の中においてクリティカルな課題となっています。私が担当する経済社会開発に係るセクターでは、保健や社会保障、また、貧困層や脆弱層の保護などの分野に携わる支援や調査研究を行っています。

現在行っている調査研究の中の一つに、国際労働力移動とそれに伴う送金に関する分析があります。パンデミックの発生を受けて多くの外国人出稼ぎ労働者が職を失った他、解雇された外国人労働者の強制送還や受入国での足止めなど、労働者を取り巻く状況は非常に厳しいものとなりました。海外出稼ぎ労働者数は一時的に大幅に減少し、そこから派生するマクロ経済や海外送金に依存する貧困家計への影響など、この問題をより明確にするためのシミュレーションを地域の研究者と協力して行いました。定期的にレポートを発行し、公開ウェビナーを開催するなどの研究活動を行い、日本でも新聞各社にその研究内容を取り上げていただきました。ADBでは今年に入り、国境を超えた人の移動の問題を扱う内部ワーキンググループを立ち上げるなど、今後さらに、この問題に取り組んでいく動きがあります。私自身も海外送金に関する新たな研究事業を立案中で、域内の現地調査や研究者ネットワークの構築などを通じて、より積極的にこの研究課題に取り組んでいきたいと思っています。

キャリア・エピソード

ADB入行直後に、上司の指示を受けて取り組み始めた研究の中で、アジア地域の高齢化研究プロジェクトというものがあります。調査を始めて5年ほど経ちますが、アジアの全域でも人口の高齢化が始まり、需要のある研究分野であることを実感しています。

このプロジェクトは、インドネシア、マレーシア、バングラデシュの3か国の政府関係者や現地の研究者と連携して行われています。高齢者パネル調査の実施体制の構築から家計調査の標本設計、また、データの収集や分析にはタブレットやスマートフォンを活用し、通常の家計調査からは得られにくい、高齢者の健康状態や介護のニーズ、また老後の備えなどに係るデータの蓄積を行います。この様な取り組みを通じて、高齢者世帯の隠れた貧困に関する問題や課題について理解が深まるとともに、今後、介護需要予測、年金制度や社会保障制度改革の指針、認知症の実態など、政策の立案やその分析精度の向上などに役立てられることが期待されており、社会課題解決の観点からも大きな意義があると思います。

また、各国政府の関係省庁及び団体を交えたアドバイザリーグループを組織し、調査に関する情報共有や対処方針の検討なども行います。高齢者を対象とした調査方法に係る研修カリキュラムの編成や、そのためのトレーニングを行う他、類似調査を行っている国の調査方法の情報共有もサポートします。国際比較に耐えうるデータ収集を行う必要があるため、できるだけ標準的な質問を採用しますが、地域や国に合わせてカスタマイズして、政策に反映できる内容にし、クライアントやユーザーでもある相手国政府や研究者のニーズに合わせた形で案件を進めていきます。新型コロナの関係で、モニタリング調査はまだ行われていないものの、できるだけ早期に現地に赴き、調査の進捗状況を確認するとともに、調査対象者との面談なども行いたいと考えています。

データ収集に平行して、アジア各国の高齢化問題に関する専門家を交えた地域の比較研究も進めています。各国研究者の横のネットワークを大切にし、それぞれの研究内容を政策にどのように反映していけるか支援しつつ、見守っていきたいと思います。各国を代表する研究者と提携しながら、この様な事業に直接携われることも、ADBの仕事の醍醐味だと思います。

SDGsへの取り組み

SDGsは誰一人として取り残さないインクルーシブな開発を目標に、多くの明確な指標が掲げられており、高齢者や移住労働者など、脆弱性のある人々のニーズにも配慮する必要があります。新型コロナによる犠牲者は高齢者に集中し、移住労働者は強制送還や差別などで行き場をなくしました。ここ数年、ADBは開発途上加盟国の社会保障を拡充するための融資を増やしているものの、脆弱性の高いグループに対するモニタリング、また、データや分析が大きく不足している状況が課題としてあげられています。微力ではありますが、調査研究活動を通じて、政策の策定に貢献できるよう、研究やデータの収集・分析等を進められたらと考えています。

仕事のやりがい

研究者の方や学生から、「研究と実務をバランスよく続けたい」という話を伺うことがあります。経済調査・地域協力局は、そのような働き方を実現できる職場だと思います。政策立案に必要となるデータを迅速に収集、分析し、相手国政府のニーズやリクエストに真摯に向き合いながら、一丸となって研究を推し進めていきます。現実の課題を直視しながら研究ができることに、大きなやりがいを感じます。

また、私は子供を連れてフィリピンに、いわゆる「母子赴任」をしていますが、ADBは組織内部でもジェンダーの平等を進めており、全職員に占める女性の比率は約6割、また局長クラスに占める女性の比率は約4割となっており、仕事と家庭の両立を可能とする、女性が活躍しやすい職場であると思います。

プライベート

休日は子供たちとの時間を大切にしています。平日は忙しくしているので、週末はゆっくりと親子で一週間を振り返り会話をしたり、水泳やテニスで汗を流したり外出したりして過ごしています。フィリピンでは各家庭でお手伝いさんを雇うことが一般的で、家事に忙殺されずに仕事に集中できることも非常にありがたく感じています。また子育てをするには、フィリピンはとても恵まれていると思います。みなさん温かい目で子供を見守ってくれ、気軽に手を貸してくれます。子供たちもフィリピンのそういった大らかな雰囲気が気に入っているようで、非常に嬉しいです。